齋藤力(さいとうちから) 通称はりっきー、緩和神。 蔑称は、リキカス、無能力
日本電子専門学校 電子情報処理科卒業。
魚屋の息子。
家があまり裕福ではなく、1時間以上掛けて自転車で通学していた過去を持つ。
スクエニ入社以前は幾度も転職を繰り返していた。専門学校卒業後、デバッカーとしてゲーム業界に入るが半年で退職、再びゲーム業界を目指し、紆余曲折を経て東京魔人學園伝奇のプランナーリーダーなどを務めた。
DQ10開発当初
ちなみにこの頃はとても良い顔色をしていたのだが・・・。
有能時代
やや疲れは残るものの、新進気鋭たる生気に満ち溢れた、血色のいい顔色であったのだが・・・。
有能神話の崩壊
こういった一連の流れから、いつしか愛称、蔑称も兼ねて「緩和神」と呼ばれるようになってしまった。
逆天井事件の対応
2014年末から翌年1月上旬にかけて、ドラクエ10の歴史において最大の事件、逆天井事件が発生する。
高めるヘイトに対応することができず、運営の方針を発表することが大きく遅れてしまう。
この一連の騒動により、急を要する修正を断行。
逆天井事件は、カジノの大幅な難易度の緩和、という形でとりあえずの収束を見た。
しかし、2015年第一回目のドラクエ10TVでの、りっきーは、くまがはっきりと写り、頬がこけ、まるで魔瘴にやられたようなその姿からブーパッポン王(メギスの前国王、後に崩御)と比較される一大事となった。
体調不安は払底できず
2015年6月14日に行われたスクウェアエニックス・ホールディングスの株主総会では、
ついに株主から、りっきーの顔色を心配する質問が飛ぶことになる。
しかし、この休養を取った日が、折りしもver3.0後期実装の当日であり、リーダーとしての責任を問題視する声もある。
顔色の変貌
このように、健康面で心配されることが多い反面、その不健康な肌の色をDQ10TVでは、よくいじられる傾向にある。
当ブログでは、就任当初から現在に至るまで顔色の検証を行う。
就任当初 2013年末
有能時代 2014年初頭
転換期 2014年中頃
逆天井事件発生前 2014年末
逆天井事件当初 2015年初頭
夏祭り 2015年中旬
10時間放送時 2015年 10月
そして、この10時間放送時の容姿を当ブログ独自調査に基づいて行ったところ、衝撃的な事実が発覚した。
あの銀河帝国皇帝と完全に一致したのである。
ぱるぱてぃーん・・・・
現在のりっきーのアイコンは現状に即しているとは言いがたい。
2015年10月現在でのアイコンを改めて、再現した。
栄光、広場戦士を含め、四方八方からの集中砲火へ晒されることになり、ver3はかつてないほど評価は低迷してしまう。
スキル修正については、ver2期間に続き、ver3期間においても積極的な調整を行っているものの、評価としては分かれている。
これも一方的な「不具合」として、公式から謝罪などはせずに修正される。
実装されたコンテンツの評価は分かれているところも多いが、否定的な意見がやや目立つ。
特に不思議の魔塔はテコ入れされたものの、いまだに評価として低く、続いて実装されたレグナード、邪神の宮殿では、露骨な廃コンテンツとして、ユーザーの二分化を生んでしまう。
さらに、新しいコンテンツの緩和スピードはむしろ高速化しており、次々にコンテンツは陳腐化しつつある。
この自分の足を食うタコのような政策により、ver3はその全期間を通じてコンテンツ不足に悩まされ続けた。
そんな非常苦しい中、構想自体はver2時代からあったアストルティア学園は二度に渡る延期が行われる。
満を持して実装された学園は、当初こそそれなりに遊べるコンテンツであるという思いがけない評価になるが、その後実装ストーリーの質、オンラインゲームであるドラクエ10にも関わらず、ほとんどソロゲーというコンセプトの意図が不明な謎のコンテンツとして拡張され続け、ユーザーから大きな批判を浴びることになった。
この大不評から謝罪を求める声が後を絶たなかったがりっきー曰く「謝罪してしまうと楽しんでいるユーザーの方を裏切ることになる」として、直接な明言を避けている。
いずれにせよ、ver3はアップデート期間の長期化。領界という区切られた空間で齎されたストーリーの陳腐化。魔塔の失敗からの慢性的なコンテンツ不足。
そこにアスフェルド学園がトドメを刺し、失敗に終わった向きが非常に強い。
その中でストーリーラストに向かいに従い盛り返し、数々のイベントを実装して繋ぎとめようとした努力と姿勢は擁護されるべきだが、いかんせん、最後までver3の立て直しは出来なかった。
DQ10TV、提案広場における活躍
その他の名言(?)としては、緩和を宣言する時の
「○○をしようとしている方、ちょっと待ってください!」
という台詞を既に定着しつつあり、新しいTシャツ制作への布石もぬかりがない。
運営開発便りでは、藤澤Dに比べると積極的な発言は少なく、技術畑出身の弱点が垣間見れる。
この運営開発便りは、いったん月ごとの掲載となっていたものの、その後、状況の変化などから不定期へ変化してく。最近ではまったく更新されず、ユーザーへ情報を発信する機会がないのではないか、という指摘もある。
ドラクエ10TVでは切れ味が良いのか悪いのか、よくわからない錆びたナイフのようなキレ方をする。
上司であるはずのよーすぴに「うるせぇよお前!」と発言したり、初心者大使に対して情け容赦ないダメだしを行うなど、情緒はかなり不安定である。
もちろん、キレて見せかけているだけという場面も多いとは思うが、いかんせん掴みがたいテンションであり、やはりその体調と精神状態を不安視する声は後をたたない。
提案広場への回答は初期は多くみられ、なぜか通常アイコンから”豚化”する様子が見られた。
またフレンドリーな回答であったものの、あまりにも適当な返答すぎるのではないか、と批判されることがあった。
一時期はほとんどの回答を安西氏に任せていたが、最近は再び回答する機会が増えてきている。
ver3.1の現在でも”豚のアイコン(´・ω・`)” が使われている。
そして、この豚のアイコンはある伝説を生むことになる。
ズワイガニ足向き騒動において「ふぉぉぉぉぉ」と発言したことが、全国放送で流れるなど稀有な形でテレビデビューを果たすことになったのだ。
魚屋の息子として、心のそこから出た、まさしく断末魔であった。
総評
2017年8月、ver4発売を以て、ディレクターを辞任することを表明する。
後任の安西Dは言葉に詰まりながら、りっきーは本当に努力をしていた。命を懸けていたと言っても良いと発言している。
りっきーDの評価は分かれるところであるが、先述した通り、魔塔の失敗からはじまるver3全体の停滞の責任は極めて大きく、批判されてしかるべきものも多い。
特にゲーム内で誰もが遊べるコンテンツがない状態で、学園を実装した事は、さらなるユーザーの分断を招いたといえ擁護することは難しい。
ただ同時にドラクエ10の世界をつくるために彼ほど奮闘してきた人材も居ないのもまた事実だ。
文字通り、命を懸けてドラクエ10に尽くしたという表現も間違いではないだろう。
プロジェクトからは離脱するものの、新しいゲームの構想を思いついたとも語っており、別ゲームでの活躍に期待したい。
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